旅のまとめ
・意外な結果
「知らない国をアートで知る」という目的で始めたこの旅だったけど、結果は予想していたものとはだいぶ違うものになった。ファッション、音楽、芸術などに焦点をあてることで、途上国と呼ばれる国々のポジティブな面を見つけて紹介したいと思っていたが、アートに限定する必要なく、人々の生活する様子から、学ぶべきことがたくさんあった。特にマリにおいてだが、必要最低限の水や電気で暮らす生き方、個々人が日常の中で創造性を発揮して人生を楽しんでいること、「ありがとう」と言い合う必要もないほど助け合うことが当たり前になっていること・・。経済的・物質的な観点からではなく、人生の豊かさということを考えた時に、日本人とマリ人どちらが助けを必要としているのだろう。
・自分にできること
また、自分がこれらの国々に対してできることは何か、自分自身の経験を通じて発見することも目的の一つだったが、シエラレオネでそれを見つけられたことは大きな意味があった。海外留学や技術習得支援の情報をまとめて、途上国の若者に向けて提供すること。途上国の人たちに日本の文通相手を紹介すること。どちらも自分が現地の人たちと接して、自分でもこの国の不便さを体感して、やる意味があると思えたことだった。また、私が「きっといいだろう」と思って提案したことではなく、彼らの実際のニーズから始まった考えであることも、来て本当に意味があったと思えた点だった。実際に自分の目で見て感じることの大切さが本当によくわかった。
・発展の必要性?
またこの旅で感じたことは、これらの国々は今の先進国のように発展する必要性があるか?ということだ。こちらで働いている日本人たちと話していてよく耳にした話が、こちらの人たちは建物を頑丈に補強することや教育や衛生面にはお金をかけたがらないが、服装や髪形などの身なりや、お祭りなどのお祝いごとにはたくさんお金をかけるということ。日本人から見ればおかしいと思ってしまうかもしれないが、アフリカはただでさえ生きていくのが過酷な環境で、必然的に人生は短いものになってしまう。だから今を楽しむというのは正しい姿勢なのかもしれないとも思った。いわゆる先進国の視点で経済的豊かさや寿命や衛生環境などを見るから、「劣っている」「改善が必要」と思われるのかもしれないが、私にはむしろそのような先進国の価値観を持ち込み、押し付けていることがこれらの国々の人たちに「自分たちは“発展”しなければいけない」という不必要なプレッシャーを与えてしまっているのではないかと思えた。グローバル化は止められないし、一度知ってしまったことを知らない状態に戻すことは不可能だけれど・・。
また様々な形の援助についても考えさせられた。日本人にとっては、何かを得るためには努力をするということが当たり前で、でもそれは必ずしも全ての文化で受け入れられる考えではない。それを考慮したとしても、やはり現状を変えたいと望むのであれば、努力すべきは本人たちであって、援助はあくまで努力する意欲のある人たちを支えるだけのものであるべきだと思う。本人の意欲がないのに、援助をする必要があるとは私には思えない。
また、遠い国の人たちを援助する前に、まず自分の生き方から変えていかなければいけないと思った。自分がどんな生き方をしたいのか、世界の色々な問題に対して、自分はどんな姿勢で生きて行くのか、それをもう一度しっかりと見つめ直す必要があると思った。特に環境問題については考えさせられた。どの国でもごみによる汚染はひどく、せっかくの雄大な自然が汚されている景色を見るのに心が痛んだ。また、水や電気の貴重さをつくづくと感じて、自分の日本での暮らしについて考えさせられた。まず自分から変わっていかなければ、人に意見することなどできないと強く思った。
・言葉の大切さ
日本に戻ったら、もっと言葉を勉強したい。それが今強く思うことだ。言葉が通じなくても交流はできるが、やはり本当に相手を理解したいと思えば、言葉の知識は必要不可欠だと思う。この旅ではたくさんの友人に通訳をしてもらってなんとかコミュニケーションをとれた場面がたくさんあった。自分が直接話せればもっと色々なことが理解できたのにと今でも残念に思う。言葉をしっかりと学んで、また戻って来たいと思う。
・これからのこと
帰国後は当初予定していたようなイベントは行わない予定だ。けれど、旅で見たこと感じたことを伝えて、色々な人たちの意見を聞きたいと思っている。そのための機会はきちんと設けるつもりだ。自分の知らない国、特に途上国と呼ばれる国々を訪れる旅はこれからも続けて行く予定だが、どのような形でそれらの国と向き合い関わって行くかは今はまだわからない。今色々と自分で考えていることを家族や友人たちと話し合って、少しずつその答えが見えてくると思う。どんな答えになるとしても、楽しみだ。
ブログを読んで下さったみなさん、これまでありがとうございました。これからまた違う形で「知らない国を知る」活動を行っていきたいと思っています。このブログが、少しでもみなさんがマリ、セネガル、ガンビア、シエラレオネのことを知るきっかけになってくれたのならうれしいです。ではまたどこかで。
「知らない国をアートで知る」という目的で始めたこの旅だったけど、結果は予想していたものとはだいぶ違うものになった。ファッション、音楽、芸術などに焦点をあてることで、途上国と呼ばれる国々のポジティブな面を見つけて紹介したいと思っていたが、アートに限定する必要なく、人々の生活する様子から、学ぶべきことがたくさんあった。特にマリにおいてだが、必要最低限の水や電気で暮らす生き方、個々人が日常の中で創造性を発揮して人生を楽しんでいること、「ありがとう」と言い合う必要もないほど助け合うことが当たり前になっていること・・。経済的・物質的な観点からではなく、人生の豊かさということを考えた時に、日本人とマリ人どちらが助けを必要としているのだろう。
・自分にできること
また、自分がこれらの国々に対してできることは何か、自分自身の経験を通じて発見することも目的の一つだったが、シエラレオネでそれを見つけられたことは大きな意味があった。海外留学や技術習得支援の情報をまとめて、途上国の若者に向けて提供すること。途上国の人たちに日本の文通相手を紹介すること。どちらも自分が現地の人たちと接して、自分でもこの国の不便さを体感して、やる意味があると思えたことだった。また、私が「きっといいだろう」と思って提案したことではなく、彼らの実際のニーズから始まった考えであることも、来て本当に意味があったと思えた点だった。実際に自分の目で見て感じることの大切さが本当によくわかった。
・発展の必要性?
またこの旅で感じたことは、これらの国々は今の先進国のように発展する必要性があるか?ということだ。こちらで働いている日本人たちと話していてよく耳にした話が、こちらの人たちは建物を頑丈に補強することや教育や衛生面にはお金をかけたがらないが、服装や髪形などの身なりや、お祭りなどのお祝いごとにはたくさんお金をかけるということ。日本人から見ればおかしいと思ってしまうかもしれないが、アフリカはただでさえ生きていくのが過酷な環境で、必然的に人生は短いものになってしまう。だから今を楽しむというのは正しい姿勢なのかもしれないとも思った。いわゆる先進国の視点で経済的豊かさや寿命や衛生環境などを見るから、「劣っている」「改善が必要」と思われるのかもしれないが、私にはむしろそのような先進国の価値観を持ち込み、押し付けていることがこれらの国々の人たちに「自分たちは“発展”しなければいけない」という不必要なプレッシャーを与えてしまっているのではないかと思えた。グローバル化は止められないし、一度知ってしまったことを知らない状態に戻すことは不可能だけれど・・。
また様々な形の援助についても考えさせられた。日本人にとっては、何かを得るためには努力をするということが当たり前で、でもそれは必ずしも全ての文化で受け入れられる考えではない。それを考慮したとしても、やはり現状を変えたいと望むのであれば、努力すべきは本人たちであって、援助はあくまで努力する意欲のある人たちを支えるだけのものであるべきだと思う。本人の意欲がないのに、援助をする必要があるとは私には思えない。
また、遠い国の人たちを援助する前に、まず自分の生き方から変えていかなければいけないと思った。自分がどんな生き方をしたいのか、世界の色々な問題に対して、自分はどんな姿勢で生きて行くのか、それをもう一度しっかりと見つめ直す必要があると思った。特に環境問題については考えさせられた。どの国でもごみによる汚染はひどく、せっかくの雄大な自然が汚されている景色を見るのに心が痛んだ。また、水や電気の貴重さをつくづくと感じて、自分の日本での暮らしについて考えさせられた。まず自分から変わっていかなければ、人に意見することなどできないと強く思った。
・言葉の大切さ
日本に戻ったら、もっと言葉を勉強したい。それが今強く思うことだ。言葉が通じなくても交流はできるが、やはり本当に相手を理解したいと思えば、言葉の知識は必要不可欠だと思う。この旅ではたくさんの友人に通訳をしてもらってなんとかコミュニケーションをとれた場面がたくさんあった。自分が直接話せればもっと色々なことが理解できたのにと今でも残念に思う。言葉をしっかりと学んで、また戻って来たいと思う。
・これからのこと
帰国後は当初予定していたようなイベントは行わない予定だ。けれど、旅で見たこと感じたことを伝えて、色々な人たちの意見を聞きたいと思っている。そのための機会はきちんと設けるつもりだ。自分の知らない国、特に途上国と呼ばれる国々を訪れる旅はこれからも続けて行く予定だが、どのような形でそれらの国と向き合い関わって行くかは今はまだわからない。今色々と自分で考えていることを家族や友人たちと話し合って、少しずつその答えが見えてくると思う。どんな答えになるとしても、楽しみだ。
ブログを読んで下さったみなさん、これまでありがとうございました。これからまた違う形で「知らない国を知る」活動を行っていきたいと思っています。このブログが、少しでもみなさんがマリ、セネガル、ガンビア、シエラレオネのことを知るきっかけになってくれたのならうれしいです。ではまたどこかで。
マリ日記 6月25日(土) −ハナコの命−
生まれて初めて動物を殺しました。友人が近くの村を訪問した際にもらってきた鶏を食べるため。ウスマンは鶏をさばいた経験が何度もあるので、指導を受けて私が初挑戦することに。昨年の南アジア旅行でインドに行った時には、子山羊をいけにえとしてささげる儀式を直視できなかった。けれど、動物の命をいただくということにきちんと向き合わなければいけないと思い続けてきたから、いい機会だと思った。
若い雌鶏は2日間庭に放されていたの。忘れて門を開けっぱなしにしていて、「逃げた?!」と思って探していると、ちょこんと畑の中に座っていたり、本当に逃げ出してしまって、近所の人たちの助けを借りて捕まえたり、様々な交流があった(笑)。サンバ氏にいたっては愛情が芽生えてきてしまって、門があいているのに気づいていても「今のうちに逃げればいいのに・・」と放置していたり。
サンバ氏がハナコと名付けたこの小ぶりな雌鶏は、私も今でも可愛かったなあと思うし、さばくその瞬間にも「今思いとどまるべきか?」という迷いが生まれた。けれど、このこを食べるのであれば、自分の手で、自分の責任でもってさばかなければ、食べる権利はない、と感じた。

※以下、少し描写が生々しいかもしれません。
まず頸動脈を切り、血を出す。左手で握ったハナコの頭は驚くほど熱かった。ぐっと力を込めて刃物を入れた。ハナコは動かず、もう死んだかと目を見てみると、何が起こったのかわからない、という顔をしていた。頭を下にして血を出していると、突然ハナコが強く羽ばたいた。腕にあたる羽の力強さが、ハナコの生命の強さを感じさせた。だんだんと羽ばたきが弱くなり、そして止まった。頸動脈への切り込みが浅かったせいで、苦しませてしまった。自分の臆病さのせいだ。
次は羽をとる。毛穴を開かせるために全身をしっかりと熱湯に浸し、出したらすばやく羽をむしっていく。驚くほど簡単に羽がとれる。羽をとってしまうと、お店で見るような“肉”の姿に近づいた。ここで頭を落とす。中華料理屋さんなどで豚の頭などをいきなり見るとギョッとするけれど、全てのプロセスを自分が見ていると、そこに頭があるのは自然な感じがする。
次は部位にわけて切り取って行く。正確な切り取りの順序は忘れてしまったけれど(ウスマンごめん・・)、餌袋をはずしたり、腎臓の下にある苦い部分を切らないように気をつけたり、砂肝の砂を出したり、美味しく食べるためのきちんとしたプロセスがある。お肉はマリ産蜂蜜と醤油で照り焼きに。残った骨はウスマンが鶏ガラスープにしてくれたのだけど、これがめちゃくちゃ美味しかった!!ハナコの命をしっかりと噛みしめ、自分の中に沁みこませた。
やってみる前は怖かったけれど、今はもっと動物の命をいただくというプロセスを、最初からちゃんと見ていきたいと思っている。牛や豚や山羊などの動物についても。本当にみんなやってみてほしいと思った。この旅でまた忘れられない経験が一つ増えた。
若い雌鶏は2日間庭に放されていたの。忘れて門を開けっぱなしにしていて、「逃げた?!」と思って探していると、ちょこんと畑の中に座っていたり、本当に逃げ出してしまって、近所の人たちの助けを借りて捕まえたり、様々な交流があった(笑)。サンバ氏にいたっては愛情が芽生えてきてしまって、門があいているのに気づいていても「今のうちに逃げればいいのに・・」と放置していたり。
サンバ氏がハナコと名付けたこの小ぶりな雌鶏は、私も今でも可愛かったなあと思うし、さばくその瞬間にも「今思いとどまるべきか?」という迷いが生まれた。けれど、このこを食べるのであれば、自分の手で、自分の責任でもってさばかなければ、食べる権利はない、と感じた。

※以下、少し描写が生々しいかもしれません。
まず頸動脈を切り、血を出す。左手で握ったハナコの頭は驚くほど熱かった。ぐっと力を込めて刃物を入れた。ハナコは動かず、もう死んだかと目を見てみると、何が起こったのかわからない、という顔をしていた。頭を下にして血を出していると、突然ハナコが強く羽ばたいた。腕にあたる羽の力強さが、ハナコの生命の強さを感じさせた。だんだんと羽ばたきが弱くなり、そして止まった。頸動脈への切り込みが浅かったせいで、苦しませてしまった。自分の臆病さのせいだ。
次は羽をとる。毛穴を開かせるために全身をしっかりと熱湯に浸し、出したらすばやく羽をむしっていく。驚くほど簡単に羽がとれる。羽をとってしまうと、お店で見るような“肉”の姿に近づいた。ここで頭を落とす。中華料理屋さんなどで豚の頭などをいきなり見るとギョッとするけれど、全てのプロセスを自分が見ていると、そこに頭があるのは自然な感じがする。
次は部位にわけて切り取って行く。正確な切り取りの順序は忘れてしまったけれど(ウスマンごめん・・)、餌袋をはずしたり、腎臓の下にある苦い部分を切らないように気をつけたり、砂肝の砂を出したり、美味しく食べるためのきちんとしたプロセスがある。お肉はマリ産蜂蜜と醤油で照り焼きに。残った骨はウスマンが鶏ガラスープにしてくれたのだけど、これがめちゃくちゃ美味しかった!!ハナコの命をしっかりと噛みしめ、自分の中に沁みこませた。
やってみる前は怖かったけれど、今はもっと動物の命をいただくというプロセスを、最初からちゃんと見ていきたいと思っている。牛や豚や山羊などの動物についても。本当にみんなやってみてほしいと思った。この旅でまた忘れられない経験が一つ増えた。
マリ日記 6月21日〜24日 −シンザナ再び−
大好きなシンザナに戻って来た。顔なじみの人たちが「ンム!」と声をかけてくれる。たったの2カ月なのに、子どもたちは少し大きくなっていた。みんな再会できてとてもうれしい。雨季になり、シンザナは変わった。乾ききった容赦のない暑さが緩み、風が吹く木陰はとても心地よい。激しい雨であちこちに池が出現して道をふさいでいる。瑞々しい青い草を山羊たちがゆったりと食んでいる様子は、本当に同じシンザナとは思えない。

大きくなったね。
※以下、虫が苦手な人は読まない方がいいかもしれません。
雨が降った日の夜は、ホラー映画のようだった。雨で大量発生した虫が電灯に次々と群がって来て、この旅行前の私だったら即逃げ出していただろうと思われるほど、恐ろしい状況に・・さっさと電灯を消して寝たけれど、お隣の家は外の電灯をつけっぱなしで寝てしまったらしく、朝見ると虫の絨毯が家の前に出来ていた・・

だけどマリの人たちにとってはこれは必ずしも悪いことではない。彼らはこの虫たちをからっと揚げて美味しくいただくからだ。私も一匹食べさせてもらったけれど、ビールに合いそうな味で結構いけた(笑)。この旅行を通じて、だんだん自分の中の色々なハードルが下がっていて、喜んでいいのか複雑な気持ちです。

大きくなったね。
※以下、虫が苦手な人は読まない方がいいかもしれません。
雨が降った日の夜は、ホラー映画のようだった。雨で大量発生した虫が電灯に次々と群がって来て、この旅行前の私だったら即逃げ出していただろうと思われるほど、恐ろしい状況に・・さっさと電灯を消して寝たけれど、お隣の家は外の電灯をつけっぱなしで寝てしまったらしく、朝見ると虫の絨毯が家の前に出来ていた・・

だけどマリの人たちにとってはこれは必ずしも悪いことではない。彼らはこの虫たちをからっと揚げて美味しくいただくからだ。私も一匹食べさせてもらったけれど、ビールに合いそうな味で結構いけた(笑)。この旅行を通じて、だんだん自分の中の色々なハードルが下がっていて、喜んでいいのか複雑な気持ちです。
マリ日記 6月20日(月) −ボゴラン(泥染め)制作見学−
19日にバマコからセグーへ移動。ここではマリの有名なボゴラン(泥染め)の布を買うのが目的。西アフリカにはそれぞれの国特有の布があるが、ボゴランは唯一女性が作るものということで、興味があった。幾何学模様の柄も独特でとてもかわいい。

ボゴランで作ったジャンベケースがあればいいなあと思って朝早くからお土産もの屋さんに行くと、今ここにはないが、生地を指定してもらえればお昼までに作ることができると言われ、オーダーすることに。ボゴランの生地を自分で選んで注文できるなんて、マリに来た人だけの特権だなあと嬉しくなった。
ボゴランを選んでいると、観光ガイドのお兄さんがしきりに話しかけてきた。最初は無視していたが、「ボゴランの制作過程を見られる場所に案内するよ」と言われ、行ってみようと決断。セグーの中心からバイクで少し離れた場所まで。中では草木染めのような生地の制服を着た男の人たちが、布に模様を描いたり、染料を描き混ぜたり、忙しく働いていた。ガイドのお兄さんに通訳してもらいながら、ボゴランの説明を受ける。ボゴランは、昔猟師が水場に集まった動物を仕留めて家に持ち帰ったとき、草木染めの服についた泥が洗っても模様として残っていたのを猟師の奥さんが発見して、泥で模様を描くようになったのが起源らしい。ここで働いている姿を見たのは男性ばかりだったが、女性は家庭での仕事がたくさんあるので、家でボゴランを作ってここに持ち込むらしい。

葉っぱで出す黄色と、木の皮で出す赤茶色と、泥で出す黒い色を組み合わせて、様々な色と模様を描く。ボゴランに描かれる模様は、昔は何パターンか決まっていて、それぞれの模様に意味があったらしい。今ではマリの人でもその意味を理解する人は少ないし、模様もより自由なものに変わっているそうだが。

ここではインディゴの染め物も作られていて、初めてインディゴの葉っぱを目にした。日本にも藍染があるけれど、全く離れた場所でも同じように葉っぱを使って布を染めるという行為を行っているのが面白いなあと思う。楽器だってそう。木をくりぬいて動物の皮をはって叩くという太鼓の発想や、弦を張ってつまびくという弦楽器の発想など、世界各地で同じように作り、同じように演奏し、同じように楽しんでいるのは不思議だなあと思う。
ボゴランの幾何学模様は、意味を失ってしまった今でも十分かっこいい。日本に帰ってジャンベケースを使うのが楽しみ。

ボゴランで作ったジャンベケースがあればいいなあと思って朝早くからお土産もの屋さんに行くと、今ここにはないが、生地を指定してもらえればお昼までに作ることができると言われ、オーダーすることに。ボゴランの生地を自分で選んで注文できるなんて、マリに来た人だけの特権だなあと嬉しくなった。
ボゴランを選んでいると、観光ガイドのお兄さんがしきりに話しかけてきた。最初は無視していたが、「ボゴランの制作過程を見られる場所に案内するよ」と言われ、行ってみようと決断。セグーの中心からバイクで少し離れた場所まで。中では草木染めのような生地の制服を着た男の人たちが、布に模様を描いたり、染料を描き混ぜたり、忙しく働いていた。ガイドのお兄さんに通訳してもらいながら、ボゴランの説明を受ける。ボゴランは、昔猟師が水場に集まった動物を仕留めて家に持ち帰ったとき、草木染めの服についた泥が洗っても模様として残っていたのを猟師の奥さんが発見して、泥で模様を描くようになったのが起源らしい。ここで働いている姿を見たのは男性ばかりだったが、女性は家庭での仕事がたくさんあるので、家でボゴランを作ってここに持ち込むらしい。

葉っぱで出す黄色と、木の皮で出す赤茶色と、泥で出す黒い色を組み合わせて、様々な色と模様を描く。ボゴランに描かれる模様は、昔は何パターンか決まっていて、それぞれの模様に意味があったらしい。今ではマリの人でもその意味を理解する人は少ないし、模様もより自由なものに変わっているそうだが。

ここではインディゴの染め物も作られていて、初めてインディゴの葉っぱを目にした。日本にも藍染があるけれど、全く離れた場所でも同じように葉っぱを使って布を染めるという行為を行っているのが面白いなあと思う。楽器だってそう。木をくりぬいて動物の皮をはって叩くという太鼓の発想や、弦を張ってつまびくという弦楽器の発想など、世界各地で同じように作り、同じように演奏し、同じように楽しんでいるのは不思議だなあと思う。
ボゴランの幾何学模様は、意味を失ってしまった今でも十分かっこいい。日本に帰ってジャンベケースを使うのが楽しみ。
マリ日記 6月18日(土) −ジャンベ購入!−
出発前から購入しようと決めていた、ジャンベを買いに行くことに。マリの楽器は日本を始め先進国で大人気だけど、楽器作りに使われる木材が、マリで大きな問題になっている森林の砂漠化の一旦を担っているという面もある。楽器と植林を結びつけるような活動を行っているところはないかインターネットで検索してみると、Kangabaというマリの楽器メーカーが、楽器一つの買い上げにつき一本植林するという活動を行っていることがわかった。このメーカーの楽器は日本でも輸入販売されている。マリにいるからには直接買いに行かなければと思い、楽器が作られている場所まで行ってきた。

植林用の苗。
Kangabaはホテル運営、楽器や家具の製造販売、マリの伝統工芸や楽器のワークショップなど様々な活動を、バマコの中心地から少し離れた場所で行っている。周りには簡素な民家が広がっているだけの場所に、レストラン、プール、テニスコートなど多様なアクティビティーを楽しめる施設を備えた宿泊施設がある。「次マリに来たら、絶対ここに泊まろう」と思うぐらい、自然豊かで素敵な場所だった。

対応してくれたオーナーと思しき人に「ジャンベを購入したい」と伝えると、楽器を販売しているスペースを見せてくれた後、楽器の倉庫や制作現場まで見せてくれた。ジャンベ以外にもコラ、バラフォン、タマなどもあって、音も素晴らしく、たくさん買いたくなってしまった。色々なジャンベを見せてもらった後、結局最初に見て気に行ったミディアムサイズのジャンベを購入。

私のジャンベの紐を締め直してくれています。
基本的にジャンベはラージサイズのものが演奏用で、それ以外は観賞用だと言われたけど、ミディアムサイズでも十分いい音だなあと思った。日本に帰ったらちゃんと練習して、もう少し上手くなったらラージサイズを買えばいいかなあと今から思ったりしている。早く日本に帰って演奏したい!

植林用の苗。
Kangabaはホテル運営、楽器や家具の製造販売、マリの伝統工芸や楽器のワークショップなど様々な活動を、バマコの中心地から少し離れた場所で行っている。周りには簡素な民家が広がっているだけの場所に、レストラン、プール、テニスコートなど多様なアクティビティーを楽しめる施設を備えた宿泊施設がある。「次マリに来たら、絶対ここに泊まろう」と思うぐらい、自然豊かで素敵な場所だった。

対応してくれたオーナーと思しき人に「ジャンベを購入したい」と伝えると、楽器を販売しているスペースを見せてくれた後、楽器の倉庫や制作現場まで見せてくれた。ジャンベ以外にもコラ、バラフォン、タマなどもあって、音も素晴らしく、たくさん買いたくなってしまった。色々なジャンベを見せてもらった後、結局最初に見て気に行ったミディアムサイズのジャンベを購入。

私のジャンベの紐を締め直してくれています。
基本的にジャンベはラージサイズのものが演奏用で、それ以外は観賞用だと言われたけど、ミディアムサイズでも十分いい音だなあと思った。日本に帰ったらちゃんと練習して、もう少し上手くなったらラージサイズを買えばいいかなあと今から思ったりしている。早く日本に帰って演奏したい!





